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大阪地方裁判所 昭和45年(行ウ)72号 判決

原告 星野巌

被告 東住吉税務署長

訴訟代理人 藤浦照生 吉川宣雄 ほか三名

主文

一  原告の被告東住吉税務署長に対する再更正処分の取消を求める訴えを却下する。

二  原告の被告東住吉税務署長に対する更正処分の取消の請求および被告大阪国税局長に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

第一本案前の判断

一  被告署長が、原告の昭和三九年分の所得税確定申告(総所得金額一二九万八四三六円、その内訳事業所得三六万円、譲渡所得九三万八四三六円)について、昭和四一年四月二七日総所得金額を七二一万円(内訳事業所得三六万円、一時所得六八五万円)とする旨の本件更正処分をして、そのころこれを原告に通知し、さらにその異議申立て期間内の同年五月二一日総所得金額を三七八万五〇〇〇円(内訳事業所得三六万円、一時所得三四二万五〇〇〇円)とする本件再更正処分をして、そのころ原告に通知したこと、原告はこの再更正処分について昭和四一年六月二〇日異議申立てをしたところ、被告署長は本案について判断したうえ棄却の決定をしたので、さらに原告は不服申立期間内に審査請求をしたところ、被告局長は昭和四五年四月二五日これを却下する旨の裁決をし、そのころこれを原告に通知したことは当事者間に争いがない。

二  右各事実によれば、被告署長が昭和四一年五月二一日なした本件再更正処分は、これに先行して同年四月二七日なされた本件更正処分における課税所得金額ひいてはこれに基づく所得税額を減少させる処分であつて、それは本件更正処分の全部を取消したうえであらためて残額につき具体的租税債務を確定させる効果をもつ処分ではなく、右更正処分のうち減額される部分を取消す効力のみを有する原告に利益な処分であるから、原告は本件再更正処分の取消を求める利益を有しないものというべきである。

よつて、原告の本件再更正処分の取消(総所得金額の一部の取消)を求める訴えは不適法というべく、却下を免れない。

三  つぎに、昭和四一年四月二七日なされた本件更正処分については、本訴提起前に、原告がこれに対する異議申立て、審査請求をしたという主張がなく、弁論の全趣旨によれば、原告はこれらの手続を経なかつたと認められるが、原告は右更正処分に対する異議申立て期間内に被告署長から本件再更正処分の通知をうけ、しかも、〈証拠省略〉によれば、前記再更正処分の通知書(〈証拠省略〉)には、それが所得税額を減少させる処分であるにもかかわらず、通知の内容について不服があるときは一月以内に東住吉税務署長に対して異議申立てをすることができる旨の教示が付されていたこと、原告は右再更正処分においても、譲渡所得のかわりに一時所得が認定され、居住用財産の買換えの場合の特例(租税特別措置法第三五条)が適用されていなかつたので、この点に不満をもち、右再更正処分を争えば本件更正処分も当然に争つたことになり所期の救済が得られるものと考えて、この教示に従つて、右一か月の期間内に再更正処分について異議申立てをし、その後審査請求をしたことが認められ、これらの事実によれば、特別の法律知識を有しない原告が、本件更正処分について前記各手続を経なかつたとしてもやむを得ないというべく、国税通則法第一一五条第一項ただし書第三号後段(昭和四五年法律第八号による改正前の第八七条第一項ただし書第四号後段)の正当な理由があるときにあたるというべきである。

もつとも本件更正処分は、昭和四一年四月二七日付でなされ、そのころ原告に通知されているところ、原告が訴えの変更をして本件更正処分の取消を求める訴えを追加したのが昭和四七年二月七日であることは記録上明らかであるから、右訴えは、形式的には、行政事件訴訟法第一四条所定の出訴期間経過後に提起されたことになる。しかし、右一認定の当事者間に争いのない事実、三の認定事実、本件記録によれば、原告は被告署長の前記教示があつたために、本件再更正処分に対し不服申立てをすれば、本件更正処分も当然不服申立ての対象となるものと考え、本件再更正処分の取消を求める訴えは、異議申立てに対する棄却の決定、前記審査請求却下の裁決をうけたのち出訴期間の制限内に提起したのであり、しかも、本件更正ならびに再更正処分の取消を求める訴えは、本案についてはその争点を同じくし、前者の取消訴訟で主張されている処分の違法事由(譲渡所得のかわりに一時所得を認定し、居住用財産の買換えの場合の特例を適用しなかつたこと)は後者の取消訴訟においてもつとに当初から主張されていたのである。このような場合、特別の法律知識を有しない原告に対して、前記審査請求手続が進行し、まだその結論がでないうちに本件更正処分取消の訴えの提起を要求するのは過酷であり、それ以後は出訴期間遵守の関係においては、右訴えは、本件再更正処分の取消を求める訴え提起の時点で、すでに提起されたものと同視できるし、原告が同条第三項の出訴期間を徒過したことについては、結局、同項ただし書の正当な理由があるというべきである。

よつて、原告の本件更正処分の取消を求める訴えは適法である。

第二本案についての判断

一  被告署長に対する本件更正処分の取消を求める請求について

1  本件更正処分の所得金額中、事業所得三六万円については、当事者間に争いがないので、以下被告主張の一時所得あるいは譲渡所得の有無、金額について判断することとする。

2  〈証拠省略〉ならびに弁論の全趣旨によれば、鴻野あさ江は、昭和二〇年一月父徳松の死亡による家督相続により、大阪市東住吉区田辺東之町二丁目八〇番地宅地一七五・一七平方メートル(五二坪九合九勺)、同所八一番地宅地四七一・六三平方メートル(一四二坪六合七勺)およびこれらの地上にある木造瓦葺二階建居宅二棟(五戸建一棟、四戸建一棟)を所有するに至つたこと、原告の家族は、原告の父が昭和一九年ころ右地上の建物(四戸建一棟)の一部分である本件家屋(一戸)を右徳松から賃借したので、以後同所に居住しているが、昭和三五年ころからは原告が同所で電気器具の販売業を営んでいたこと(この点は当事者間に争いがない)、右各建物のその余の部分には、門谷政市、太田米次郎、坂東昭ら八名の者がそれぞれ賃借居住していたこと、ところが昭和三九年五月ころになつて、鴻野あさ江は、安藤建設株式会社より右宅地建物の買取方を委託された不動産仲介業者の名神土地建物株式会社代表取締役中西清之から、その売却方を求められ、同人は右物件を一括して買取るなら売却してもよい旨返答をしたこと、原告ら賃借人はそのころ名神土地建物の関係者が右土地の測量をしているのをみて、右売買の交渉が進められていることを知り、同年七月ころ鴻野あき江に自分らに売つてくれるよう申し入れたが、同人が原告らにも全物件の一括買取り方を希望したので、この売買の話は、その後しばらく続けられたものの進展しなかつたこと、鴻野あさ江は同年九月ころ、前記土地建物を名神土地建物に三九〇〇万円で売却することをきめ、その代表者中西清之と売買契約を締結して、手附金二〇〇万円を受取つたこと、その際の契約では、建物の明渡は、買主である名神土地建物が原告ら建物賃借人と話合つてきめ、立退料を支払うときも売主の鴻野あき江は負担せず、名神土地建物が負担し支払うことになつていたので、その後中西清之はこの取極めに基づき賃借人と立退きの交渉を続け、昭和四〇年一月末ころには賃借人全員の立退が完了したので、名神土地建物も売買代金の残額をそのとき支払つたこと、中西清之は原告と交渉した結果、原告が名神土地建物から立退料として七〇〇万円を受取つて本件家屋を明渡すことを承諾し、原告は同年一二月中旬ころこれを受領して、本件家屋を明渡したこと(ただし、七〇〇万円の立退料は、直接全額が原告に手渡されたのではなく、一部は現在原告が居住している建物の購入代金等として、名神土地建物からその所有者であつた岡キミエらに支払われた)、しかし、税金対策上、売買に関する書類の形式上は、原告がいつたん鴻野あき江から本件家屋を代金一一五万円で買受け、さらに原告から名神土地建物に代金七〇〇万円で転売したことにして、鴻野あさ江の承諾のもとに、事実と相違する虚構の売買契約書(〈証拠省略〉)を作成し、登記簿上も、鴻野あさ江から原告に所有権が移転した旨の登記手続をしたこと、以上の事実が認められ、〈証拠省略〉中右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らして信用できず、他に右認定を左右するに足りるだけの証拠はない。

すると、原告が名神土地建物から受領した右七〇〇万円は、本件家屋からの立退料であることが明らかで、原告主張の本件家屋の売買代金ではないといわざるをえない。

3  そこで、右立退料七〇〇万円が法第九条第一項のどの所得に該当するかを考える。

一般に、前記認定のような場合に支払われる立退料には、〈1〉建物賃借権を消滅させる対価としての性質をもつもの、〈2〉移転に伴う費用等の補償としての性質をもつもの、〈3〉明渡によつて建物賃借人が事実上失う諸利益(たとえば新旧借家家賃の差額、営業上の損失など)の補償としての性質をもつものがあると考えられるが、右のうち〈2〉および〈3〉でも営業用の借家に支払われる営業上の損失補償であるもの(これは法第九条第一項四号の事業所得に該当する)以外は、法第九条第一項第一号から第八号までの所得には該当せず、営利を目的とする継続的行為から生じた所得ではなく、労務その他の役務の対価としての性質をもたない一時的なものであるから、同項第九号所定の一時所得の基因たる収入というべきである。

それでは、〈1〉の建物賃借権消滅の対価としての立退料収入による所得は同項第八号の譲渡所得、同項第九号の一時所得のいずれに該当するであろうか。譲渡所得といいうるためには、建物賃借権が、同項第八号にいう「資産」に含まれるのでなければならないが、この「資産」については旧所得税法(昭和四〇年法律第三三号による改正前のもの)には定義規定がないから、社会通念に従い、現実の社会生活において金銭に評価することができるもの、すなわち現実に有償譲渡の可能性のあるものをいうと解さざるをえない。

ところで、土地、建物等の賃貸借は人的色彩の濃い契約であるから、賃借人の承諾なしには賃借権の譲渡、転貸は許されないことになつているが(民法第六一二条)、建物の賃借権も法的には財産権の一種であり、賃貸人の承諾を得れば(譲渡、転貸についての家主の不承諾の自由は絶対的、恣意的なものではなく、家主、借家人間の信頼関係を破壊しないような場合には、家主はその承諾を拒みえないものと解されている)適法に譲渡可能な権利であるから、この建物賃借権も右の「資産」に含まれると解するのが相当である。昭和二七年一二月三一日以前に取得した資産の取得価額の特例を定める法第一〇条の五第四項第一号は、借地法による借地権(地上権と賃借権)を右の「資産」の一つとして明示しているにかかわらず、建物賃借権を挙げていないが、借家法上の建物賃借権と借地法上の土地賃借権とで、財産としての評価、譲渡性(土地賃借権につき賃貸人の承諾にかわる裁判所の許可の制度がもうけられたのは、昭和四一年法律第九三号の借地法改正による)について本質的な相違があるとは解されないのであつて、右規定にもかかわらず、法第九条第一項第八号の「資産」のうちには借家法による建物賃借権が含まれると解すべきである。

なお、資産の所有者にとつて、相手方のために有償で資産を消滅させるのと有償でそれを移転するのとでは経済的効果に差異はないから、同項第八号の資産の「譲渡」には権利放棄等により資産が消滅する場合をも含むと解される。

ところで本件においては、前記2の事実によると、本件家屋を買受けた名神土地建物は、本件家屋についての原告の賃借権を消滅させ、その明渡を受けるために立退料を支払い、原告もこれを受領することによつて右賃借権を放棄し、これを明渡したものと認められるから、本件立退料は建物賃借権を消滅させる対価としての性質、すなわち〈1〉の性質を有するものと解されるが、そのほかに、〈2〉〈3〉の性質をもつものが含まれているか否かを確定できるだけの資料がない。したがつて、結局前記七〇〇万円の立退料全額について、譲渡所得の基因たる収入とみるほかはない(かようにみても原告に不利益とはならないであろう)。

4  そこで、租税特別措置法第三五条の適用について考えるに、同条は、個人が「土地若しくは土地の上に存する権利又は家屋の譲渡をし」た場合に限定して、その前後の所定期間内に当該個人の居住の用に供する土地等または家屋を取得した場合に、譲渡所得の金額の計算について特例をもうけたものであるが、本件では、前記のとおり、原告が名神土地健物のために消滅させた(権利放棄した)のは建物賃借権(借家権)であり、これは右の「土地若しくは土地の上に存する権利又は家屋」には該当しないから、同条の適用による特例は認めることはできない。

5  つぎに譲渡所得の経費について考える。

法第九条第一項第八号は、資産の取得価額、設備費、改良費および譲渡に関する経費について総収入金額からの控除を認めているが、設備費、改良費についてはその支出が認められず、原告主張の転居先の建物の購入費用、その改築、修繕費等は、原告が本件家屋の賃借権を消滅させることに直接関係するものではないから、右の譲渡に関する経費には該当しない。

取得価額については、さきに認定したように、原告は昭和二七年一二月三一日より以前に本件家屋を賃借したのであるから、法一〇条の五第三項、同法施行規則第一二条の一九第四項が適用され、国税庁長官が相続税および贈与税の課税標準の計算について用いるべきものとして定めて公表した方法、すなわち昭和二六年一月二〇日付直資一-五「財産評価通達」によることになる(この通達は昭和二八年直資五通達により相続税および贈与税について昭和二八年一月一日から適用される)が、右通達八十一の二は、借家権の価額は、その価額を権利金等の名称をもつて取引する慣行のある場合を除く外、評価しないことに取り扱う旨定めており、本件借家権については権利金等の名称による取引慣行がある事実は認められないから、結局取得価額は零とするほかない(被告署長は、昭和三九年四月二五日付直資五六の国税庁長官通達が、同法施行規則第一二条の一九第四項にいう国税庁長官が定めて公表した方法に該当するというが、同通達は法第一〇条の五第三項第二号にいう資産の昭和二八年一月一日における価額を定めるものではない)。

よつて、本件譲渡所得については、経費は零とするほかない。

6  すると、譲渡所得金額の計算はつぎのとおりとなる。

収入金額 七〇〇万円

経費 〇

法定控除額 三五七万五〇〇〇円

(法第九条第一項の規定による控除額)

譲渡所得金額 三四二万五〇〇〇円

7  以上の事実によれば、原告の昭和三九年分の総所得金額は三七八万五〇〇〇円(内訳事業所得三六万円、譲渡所得三四二万五〇〇〇円)となり、本件更正処分における総所得金額三七八万五〇〇〇円(内訳事業所得三六万円、一時所得三四二万五〇〇〇円、ただし、本件再更正処分により一部取消された残余の金額)と金額において一致し、かつ、本件の場合は、一時所得と譲渡所得のちがいは収入金額の法的性質についての判断の相違にとどまるから、結局、本件更正処分は適法というべきである。

二  被告局長に対する本件審査請求却下の裁決の取消を求める請求について

原告は、被告署長が異議申立てについて本案審理をしているのに、被告局長が、国税通則法(昭和四五年法律第八号による改正前のもの)第八二条の併合審理の規定を活用して、本件審査請求についても本案審理をしなかつたのは、違法であると主張する。

しかしすでに認定したように、原告が不服申立ての対象とした処分は、本件再更正処分であり、これはそれに先行する更正処分を原告に利益に一部取消す処分であるから、原告はその取消を求める利益を有しないのであり、その不服申立ては不適法であるといわなければならない(同法第七九条第三項かつこ書)。右の併合審理に関する規定は争訟手続の経済および判断の統一性確保の見地から、更正決定等について不服申立てがなされている場合に、同一国税についてなされた他の更正決定等があるときは、それについて別に不服申立てがなされていない場合でも、不服申立てをうけた国税局長等は両処分を併合して審理することができるとするものであるが、このように不服申立てが不適法である場合にまで、本案審理をしなければならないとするものではない。もつとも、すでに認定したとおり、原告は被告署長の誤つた教示に基づいて異議申立てをなし、被告署長がそれについて本案審理をしていることを考慮すると、原告が本件審査請求をしたのも無理からぬことであり、それを不適法として却下するのでは、不親切のそしりを免れないが、それによる原告の不利益については、審査請求等の手続を経ない本件更正処分の取消訴訟の提起を適法と判断することによつてすでに斟酌しており、右のような事情があつたとしても、被告局長が本案審理をしないで、本件審査請求を不適法として却下したのが、違法であるとすることはできない。

三  以上の次第で、原告の被告署長に対する本件再更正処分の取消(総所得金額の一部の取消)を求める訴えは不適法であるから却下し、同被告に対する本件更正処分の取消を求める請求および被告局長に対する本件審査請求却下の裁決の取消を求める請求は、いずれも理由がないから、これを棄却することとして、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石川恭 鴨井孝之 大谷禎男)

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